こんにちは。センチュリー21 ワンズエステートです。
地域の歴史と暮らしをご紹介する「三島まちの記憶」。今回は、三島駅南口から楽寿園、源兵衛川へとつながるエリアを取り上げます。
楽寿園の緑と、源兵衛川のせせらぎ。この風景には、富士山が生んだ自然と、水を暮らしに生かし、守ってきた人々の歴史が重なっています。(city.mishima.shizuoka.jp)

現在の場所に三島駅が開業したのは、1934年(昭和9年)。丹那トンネルの開通により、東海道本線が三島を通るようになったことが大きな転機でした。(city.mishima.shizuoka.jp)
その駅のすぐ南にある楽寿園の歴史は、さらに前へとさかのぼります。
楽寿園は、1890年(明治23年)に小松宮彰仁親王の別邸として造営されました。その後、所有者の変遷を経て、1952年(昭和27年)から市立公園として公開されています。つまり、三島駅が現在の場所に誕生するより先に、この地には別邸と庭園があったのです。(city.mishima.shizuoka.jp)
駅前の風景にも時代ごとの積み重ねがあると知ると、いつもの街並みが少し違って見えてきます。

園内に残る「楽寿館」は、小松宮彰仁親王の別邸として建てられた、京風の数寄屋造りの建物です。庭園と一体になるように構成され、室内には明治時代を代表する日本画家たちによる、210面に及ぶ襖絵・杉板戸絵・天井画などが施されています。(city.mishima.shizuoka.jp)
建物だけを見るのではなく、庭園とのつながりにも目を向けてみてはいかがでしょうか。自然の風景を楽しむために、建物や部屋がどのように配置されているのか。そんな視点を持つと、歴史ある住まいを訪ねる面白さも広がります。

楽寿園の魅力は、歴史ある建物だけではありません。園内では、富士山の噴火によって流れ出た「三島溶岩流」を見ることができます。溶岩と、その上に育った自然林、湧水を生かした庭園は、1954年(昭和29年)に国の天然記念物及び名勝に指定されました。(city.mishima.shizuoka.jp)
三島の湧水は、この溶岩流の先端部などから湧き出す、富士山由来の地下水と考えられています。楽寿園の小浜池も、その代表的な湧水地の一つです。(city.mishima.shizuoka.jp)
庭園の石や水の流れを眺める時間は、三島のまちを形づくった自然の歴史に触れる時間でもあります。

楽寿園の小浜池の湧水を源とし、中郷温水池へと流れる源兵衛川。全長約1.5キロメートルのこの川は、農業を支えるかんがい用水路でもあります。川の名前は、水路工事を行った寺尾源兵衛に由来すると伝えられています。(pref.shizuoka.jp)
その水は、昔から三島の生活用水や、中郷地区の農業用水として利用されてきました。今では散策を楽しむ場所として知られていますが、もともとは人々の暮らしや田畑と深く結びついた、大切な水の道だったのです。(pref.shizuoka.jp)
水辺の美しさの背景に、地域を支えてきた役割がある。そこにも、源兵衛川ならではの魅力を感じます。

源兵衛川の歴史は、美しい風景だけで語れるものではありません。
昭和30年代中ごろから、地下水のくみ上げによる湧水量の減少や、生活排水、ごみなどによる環境の悪化が進みました。その後、1990年代から水辺の整備が行われ、市民・企業・まちづくり団体・行政が協力して、環境を再生する取り組みが進められました。(pref.shizuoka.jp)
現在の、飛び石を渡りながら散策できる水辺には、自然の恵みだけでなく、それを守ろうとしてきた人々の努力も息づいています。源兵衛川は2016年(平成28年)11月、「世界かんがい施設遺産」に登録されました。(pref.shizuoka.jp)

駅を起点に、庭園の歴史を訪ね、水と暮らしのつながりを考える。三島駅南・楽寿園・源兵衛川周辺は、そんなまち歩きを楽しみたいエリアです。
住まいを探すときにも、物件の間取りや設備だけでなく、周辺を歩いてみることで気づく魅力があります。休日に歩きたい道や、季節の変化を感じられる場所があるかどうかも、暮らしを思い描く手がかりになるのではないでしょうか。
センチュリー21 ワンズエステートでは、地域の魅力もお伝えしながら、住まい探しをお手伝いいたします。三島でのお住まいをお考えの際は、お気軽にご相談ください。
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