三島まちの記憶 第5回 - 【静岡県東部エリアの不動産売却】センチュリー21ワンズエステート

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三島まちの記憶 第5回

山中城から知る戦国時代の三島――箱根西麓に残る歴史と暮らし

こんにちは。センチュリー21 ワンズエステートです。

地域の歴史と暮らしをご紹介する「三島まちの記憶」。今回は、山中城・箱根西麓エリアを取り上げます。

この地域の歴史を知る鍵は、戦国時代の山城と、箱根を越える街道、そして斜面に広がる畑の風景です。城を守った人々、道を行き交った旅人、土地を耕してきた人々。それぞれの歩みから、三島のもう一つの表情をたどってみましょう。(japan-heritage.bunka.go.jp)

なぜ、この場所に城が築かれたのでしょうか

山中城は、戦国時代の永禄年間、1560年代に、小田原を本拠とする北条氏が築いた山城です。小田原城を西側から守るための、重要な拠点でした。(japan-heritage.bunka.go.jp)

三島から箱根を越える道は、人々が行き交う交通路であると同時に、軍勢が進む道でもありました。山中城は街道を取り込むように築かれ、通行を管理する関所のような役割も担っていたとされています。(city.mishima.shizuoka.jp)

地図を見るだけでは分かりにくい城の役割も、「どこを守り、どの道を押さえていたのか」と考えると、少し身近に感じられるのではないでしょうか。

石垣ではなく、土で守る城

お城と聞くと、高い石垣や天守を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、山中城の特徴は、石垣を使わず、土塁や堀を組み合わせて守りを固めた造りにあります。(city.mishima.shizuoka.jp)

特に目を引くのが、「障子堀(しょうじぼり)」と「畝堀(うねぼり)」です。堀の中に土の仕切りを残し、入り込んだ敵が自由に動きにくくなるよう工夫されています。格子状の障子や、畑の畝を思わせる形が、その名前につながっています。(city.mishima.shizuoka.jp)

現在は保存のために芝生で覆われていますが、当時は赤土が露出した、滑りやすく登りにくい堀でした。今の緑豊かな姿と、戦いに備えた当時の姿。その違いを想像することも、城跡を訪ねる面白さの一つです。(city.mishima.shizuoka.jp)

わずか半日で落城したと伝わる戦い

1590年(天正18年)、豊臣秀吉による小田原攻めが始まると、山中城は最前線の軍事拠点となりました。北条側は堀や出丸などの改修を進め、攻撃に備えました。(city.mishima.shizuoka.jp)

三島市の解説によると、山中城を守った北条勢は約4千人。これに対して、攻め寄せた豊臣軍は約6万7千人とされ、城は激しい戦いの末、わずか半日で落城したと伝えられています。(city.mishima.shizuoka.jp)

今の穏やかな風景からは想像しにくい出来事ですが、ここが戦国時代の大きな転換点に立ち会った場所だと知ると、城跡を見る目も変わってきます。

発掘調査でよみがえった、山城の姿

山中城跡は、1934年(昭和9年)に国の史跡に指定されました。その後、1973年(昭和48年)から本格的な発掘調査と復元整備が進められ、1981年(昭和56年)には史跡公園として一般公開されました。(city.mishima.shizuoka.jp)

現在見られる堀や土塁の姿には、発掘調査の成果と、遺構を守りながら伝えるための整備が生かされています。昔のものがただ残っているのではなく、調べ、守り、次の世代へ伝える取り組みが、この風景を支えているのです。(city.mishima.shizuoka.jp)

街道を支えた村から、野菜づくりの里へ

箱根西麓の歴史は、山中城だけではありません。

江戸時代には、街道整備の一環として「五ヶ新田」と呼ばれる五つの村がつくられました。街道を行き交う人々を相手に、茶屋や人・荷物を運ぶ仕事などで栄えた地域です。(city.mishima.shizuoka.jp)

しかし、明治時代に現在の御殿場線にあたる鉄道が開通すると、箱根を歩いて越える旅人は減少しました。地域の人々は、根菜類を中心とする畑作へと産業の転換を図り、この地の野菜は「坂もの」と呼ばれて遠方へも出荷されるようになりました。(city.mishima.shizuoka.jp)

今日の「箱根西麓三島野菜」にも、土地を生かして暮らしを築いてきた人々の歴史がつながっています。日当たりや水はけのよい斜面、火山灰に由来する土壌は、この地域の野菜づくりを支える大切な条件です。(ja-fujiizu.or.jp)

風景の背景を知ると、まちがもっと身近になる

山中城跡では、天気のよい日に富士山や駿河湾を望むことができます。また、箱根西麓に広がる畑は、作物によって色合いを変え、季節ごとの景観をつくり出しています。(japan-heritage.bunka.go.jp)

城の堀も、昔から続く道も、畑の広がる斜面も。その背景を知ると、目の前の風景が、地域の暮らしを伝えるものとして見えてくるのではないでしょうか。

住まい探しの際にも、物件の間取りや設備に加え、そのまちが重ねてきた歴史に目を向けてみてください。これから暮らす地域への親しみを深める、きっかけになるかもしれません。

センチュリー21 ワンズエステートでは、地域の魅力もお伝えしながら、住まい探しをお手伝いいたします。三島でのお住まいをお考えの際は、お気軽にご相談ください。

次回は、「大場・梅名・中島の昔を訪ねて――中郷地区の歴史と暮らし」をご紹介します。

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