…ときは2月…桜ほころび、梅は満開…良い季節になりました…


…そんな季節を肌で感じ、友人に送った拙い短歌を春点けます…違った、貼り付けです…
如月を 迎えて開く梅の香が 耐えて忍んで青に溶け行く
如月を 前にほころぶ桜あり 梅も我慢の誉れ爆発
…ということで、私にも本年最初のブログ当番が廻ってマイリました…いや、ほんと、マイリました…
…黙っておられない私のことですから、今回も長いブログになることでしょう…お付き合いして頂ける方がごく少数であることは深く認識しておりますが、これもお努め…能力の限界に鞭打ちながら能書き垂れましょうぞ…(-.-)
…それにしても日々腹立たしいニュースが流れますね…トランプ大統領が、国際法の規範・規約を公然と無視し、破棄し、唯我独尊の政治手法…と言うか、まるでガキ大将(-_-;)
…彼は、2025年以降、66件にも及ぶ、国際機関や条約からの脱退、資金拠出停止、挙句の果ては今回のグリーンランドの自国領宣言に近い謀略無人な言いたい放題やり放題…あれではロシアのウクライナ侵攻(ロシアは特別軍事作戦と言っていますがね…)に口を出す資格はありませんね…
…もっともウクライナ問題については、ロシアもアメリカも、その昔、ウクライナが「核を廃棄」したら、ウクライナの安全は保証しますよ…と言って(ブダベスト覚書)、当時、アメリカ、ロシアに次いで多くの「核」を保有していたウクライナに「核」を放棄させた経緯がありますぞ…いや、当時の核保有量の三位は中国だったかな…ま、良いでしょう…
…ともかく、今のアメリカの政治手法を見ていますと、中国がフィリピンとの間で争った南シナ海での領有権問題について、国際司法裁判所が、「あそこはフィリピンの領地」である…と言った判決を…「あんなものは紙くずだ」と言って南シナ海の島々を次々に簒奪し、基地化し、かつ海賊行為に明け暮れる中国の政治手法と何ら変りませんね…
…ロシアやアメリカだけではありませんぞ…イギリスの油田国家群における嘘つき外交なんかももうむちゃくちゃですからね…歴史的にもイギリスの二枚舌外交は群を抜いていますよ…この問題、取り組んだらキリが無いので割愛しますだ(^o^)
…ともあれ(-.-)、ブッシュ大統領が言っていた「ならず者国家」って、何処のことでしたっけ…
…紳士淑女の国というイギリスもこと国際政治においては「ならず者国家」のトップグループです…
…情報機関の発達した国に現われる顕著な特徴ですね…どうりで日本は甘ちゃんな訳です…
…ともあれ、アメリカ・中国…両国とも、ナンデあんなことができるのでしょう…???
…簡単ですね…「力」があるからです… …力を持つと「その力」を試したくなるのでしょうね…
…では、「力」とは何でしょう…言うまでもありません…「武力」、「経済力」「資源力」「知力」等々…
…な~んも無いに等しい日本はどうすれば、この混沌とした国際社会を生きていけるのでしょう…
…様々な意見があリますね…元、中国大使をやっていオン方は…「中国の属領」となるべきだと公言していましたし、「何があってもアメリカに追随すべき」という意見も多数あります…しかし、旗幟を鮮明にするという意味では、日本はな~んも決められませんし、言いません…ましてや気高い独立国を目指すべきだとする崇高な意見をはく政治家はほぼ皆無です…
…いえ、言えないのです…真の独立国が独立国を維持するためには相当な軍事力を必要とします…そんなことを言えば、私個人が賛意を表しても国民の大多数から怒られます…だから言えない…
…そうなんです…言えない体質と国柄ということばかりではなく、様々な契約・条約・強制(力)によって言えなくさせられている…これが真実なんでしょうね…
…んで、「ナンでもうやむや戦略」とも言えそうな軟弱発言ばかり…に、ならざるを得ない…であれば、玉虫色の発言しかできない政治家や高級官僚の説明を責められないとも言えそうです…彼らも、日本と国民が生きてゆくための最良手段として、アメリカや中国双方の顔色を見ながら、政治的判断や発言内容を選択しているのが現況であり、日本の立ち位置となりそうです…
…さらに…「武力」、「経済力」「資源力」に乏しいのに、国民の「知力」を底上げするための施策も軟弱なままです…唯一、底上げできる人的資源の有効活用についてはどうでしょう…
…ゆとり教育だと_(_^_)_、アホか~、と言っている人は沢山いますが…未だ日教組的思考が強い教育界の実状と実情にあっては残念ながら…
…活動が緩やかになったとの通説ある日教組の現状については、2022年に発刊された松浦光修の「いい加減にしろ日教組」という書籍を懐疑的に読み進めたことを思い出しました…
…いやなかなか…やはり教育者の育成こそ喫緊の課題だな…と再考を促されるばかりです…教育という場(空間)は「言葉に満たされています」「言葉が空間を支配します」…子どもたちは言うまでも無く、教育者をも知的進化させることが人的資源の有効活用と誰でもが考えます…

…なるほど…いいかげんにしろ日教組ですね(教師の方、ゴメンナサイ)。
…等々、ふざけた私でさえもそんなことを考えざるを得ない近況です…で、つい先週のことです…「ダニエル・エスチューリン」という国際ジャーナリストの有料版動画を見ていて大変感銘を受けました…
…話の骨格は、言葉の大切さについて…言葉は武器ならぬ武器だ…というオハナシです…
…人間同士であれ、国家間の問題であれ、言葉が関係を作り、契りとなり、裏切りとなり…特に国際政治の舞台では、何より大切にすべきツールだと言うのです…まったくもって異論の予知を与えぬ考え方です…
…歴史的にも、大航海時代のスペイン、ポルトガル、オランダ、少し遅れてのイギリス、さらに近年のアメリカを例に、牧師や神父を斥候として派遣しつつ「先兵」にもして活用した巧緻な植民地化戦略によって、多くの弱小国家は「独自の言語や歴史を塗り替えられ」、失い、新たな価値観を移入されたことで、こころ(民族的アイディンティー)の転換を余儀なくされたといいます…
…アフリカの大部分の国、中米から南アメリカ、東南アジア…とその事例に事欠くことはありません…昔日、無敵艦隊を擁したイギリスにあっては、最盛期、世界国家の3分の1が勢力下にあったとされています…これは今でも、イギリス国王を国家元首として擁する国が15カ国にのぼると言われる事実からも伺い知れますね…
…また、戦後、アメリカが統治下に置いた国は日本を含め、韓国、ドイツ、オーストリア、イタリア、フィリピンとあり、南東アジアの島嶼地や信託領地の国々を含めると…イヤ、島という島を含めると1000や2000では済みますまいね…
…力のある国家は別にするとして、なぜ植民地時代に多くの弱小国家が侵略者国家によって言語を転換されたか(この点、日本は未だ幸運でした)…それは侵略国家が非侵略国家の統治を行うのに「言葉」を入れ替える以上の手段が無いし、かつ、言葉を支配することが統治上すこぶる有効だから、と言っています…我慢強い戦略ですね…何十年も、何百年もかけることを厭わないのですから…まさに、中国が進める「100年計画」そのものです…この点、彼らは大したものですね…学ばなければなりません…
…少し脱線しましたから、彼(ダニエル・エスチューリン)の話に戻します…
…他にも、彼はこう言います…
…主権国家が、言語を通した「国の歴史や物語(昔話を含めて…)」を失えば、国家を失う…
…さらに、国家独自の言葉を失えば、権力(国)は中身を失う…
…国家は、武力だけでなく「語り」を更新(ブラッシュアップ)することで維持される…
…教育、文化、法律、メディアは、国を生かす「血の流れ」である…と…
…と、同時に、彼は言外にこう言うのです…
…日本がまさにその意味での敗者ではありませんか…と…
…分かりやすい例をあげると…アメリカによって戦後日本の教科書は相当に書き換えられました…歴史学的な視点で見た場合、教科書を書き換えるというのは、子供たちの記憶の土台を入れ替えるということです…もちろん統治国アメリカの都合に良いようにです…これはまあ、アタリマエの事でしょうね…私がアメリカ側の統治官であったなら、やはりそうするでしょう…
…翻って、主権国家が、国民を…人々を守る…とは、先ず、言葉を守ること…言葉の意味の積み重ね(歴史)を大切にし、記憶の流れをしっかり守ること…言葉が衰えてゆくと、人々を内側からじわじわと弱らせ、外側の「殻(見た目)」だけを残す…と、彼は言います…
…そして、今、それが日本でも新たに起きている…と言うのです…
…アメリカによる80年間の努力「ウォーギルトインフォメーションプログラム(直訳は戦争責任広報計画となりますね)、これは、今更と言うことになりますが、第二次世界大戦は日本人と日本国家が起こしたもので、日本人に戦争責任を徹底的に感じさせ、反省させ、米軍の戦争責任や残虐行為を問題視しないように仕向けられた計画…とによって、軍事力という面での日本を二度と立ち上がらせないように考えられた、優れた作戦でしたね…ここでも、その道具は「言葉」でした…言葉や言葉が作り出していた歴史を捨てさせることでした…人智と精神の無力化政策とでも言いますかね…
…だから、彼(ダニエル・エスチューリン)は畳みかけてきます…
…言葉こそが、国としての独立性を支える「最後の柱」だ…と言い…
…言葉を守るとは、私たちが生きててゆく未来を守ることだ…とも…
…我流解釈では、言葉が乱れると行動が乱れる、行動が乱れるとその国の未来が壊れる…と(-_-;)
…そんな熱い言葉を…片方は完全に聞こえなくなった耄碌(もうろく)した耳を傾けていて、思い出した事がありました…
m(_ _)m <(_ _)> (-.-)
…以前にもこのブログで紹介しているかも知れませんが、少し前に、江藤淳(故人)という文芸評論家の書籍で「閉ざされた言語空間」を読んだ時の記憶と重なり、改めて「言葉の重みと意味と力」を考えさせられたのです…

…今回、この「閉ざされた言語空間」を読み返したのはつい最近ですが、書籍そのものは上梓されてから既に30年が経過しています…そんな書籍に興味を覚えたのは、40年前以上もの昔、くそ生意気だった若い私(と言っても30代)が「諸君」という月刊誌で江藤淳の記事を断片的に読んだ記憶にスイッチが入り、ヌヌヌっとばかり興味を惹かれ、一気通貫で読みたくなり、アマゾンで注文をかけた次第…
…そうです…私にも若い頃はあったのです…まったくの余談ですが…その頃の写真の中で、特別に良く写っている自分の写真を見ながら…「うむ、なかなか男前ではないか」…と嘯いていると…「バカジャン」と言う声が後ろから…(-_-;)…、振り向くまでもなく、私に害意を抱く「鬼嫁(第三者はいい人ですねと言いますが、第三者は無責任なのです)」の声です…、…イカン、また脱線だ…
…いや、確かに、私にも晴れやかな若人(わこうど)の頃がありました…ぞ(~o~)
…それがどうでしょう…言うまでもなく今では「若さ」の欠片も残っていない結果として「バカさ」には磨きがかかりまして(^o^)…いや、ホント、時々は一緒に遊ぶ孫達からでさえ、「じいじのばか」と罵られるほど人格的廃頽度が淘汰されたように自惚れております…
…その昔、付き合った女性からも…「…バカッ、ばか…(ブログ紹介2回目かな…)」と言われたこともありますから、昔からバカだったことは間違いないようです…んっ(ё_ё)、私は何を言っているのだ…
…ハナシを戻しましょう…
…言語空間…を満たすのは言葉であり、言葉が創る「社会(世界)」そのもののことです…
…文語体での「言葉」であれ、会話的な「ことば」であれ…どちらも疎かにはできません…
…直近の衆議院の解散という機会に惑う…政治家の「言葉」は「命」とも言われますし、私たち庶民が会話する「ことば」も信頼の証として機能しています…「ことば」には「命」にも等しい重みがあるという視点で今回のブログを綴っているわけでして…ナンカ、走れメロスを思い出すなあ~(*’▽’)
…で、本命話です…11月3日が憲法記念日であることは誰でも知っています…
…同時に現憲法が、アメリカ(当時の統治機関GHQ)から押しつけられるようにして、戦後1年プラスちょっとの期間での急ごしらえであったことも当然の如く知られるところです…
…そしてアメリカ主導で作られた憲法の一文(第21条2項)に、「検閲はこれをしてはならない、通信の秘密はこれを侵してはならない」…とするご宣託が鎮座しています…が、なななナント…憲法起草者その当人のアメリカ(GHQ)が、戦後、数年に渡って徹底的に検閲を実施し、日本国民の手紙を開封し、メディアを操り、かつ選択的にターゲットを定め弾圧を欲しいままにしていたことも…
…今では誰も気にしません…が、(ё_ё)…その流れは確実に「マスメディア」が受け継いでいます…
…いわゆる、マスコミによる自主検閲です…
…自由な憲法解釈が赦される「報道の自由 = 報道しない自由」の躍如たる「自由の謳歌」です…
…検閲…そのことについては、山本武利という歴史学者が『検閲官―発見されたGHQ名簿』(新潮新書)によって、戦後に実施された「検閲」のその一部を明らかにしています…著者(山本武利)が、国立国会図書館で約14,000人分の検閲官名簿(2年分)を発見し、その事実を公にすべく、2021年に新書として上梓しています…
…また、この事実を裏付けるように、故人ですが、甲斐弦(ゆずる)という英文学者が、自らがGHQの検閲官として関わった体験記を赤裸々に綴っています…
…私はこの書籍を2024年8月14日から15日にかけて読んでいた(裏面に日付記載あり)ようで、復刻版ですが懐かしく手に取りました…ボケてくると1年前、2年前が懐かしく感じるようです…逆に何十年も前の出来事が昨日のように思い起こされることもあります…同じような体験をする「アナタ」…そろそろアブナイかもよ(=_=)

…で、話を戻し…遡ること、江藤淳はワシントンのウイルソン研究所やメリーランド大学のマッケルデン図書館(もちろん私は知らんよ…)とか、別の土地にある「合衆国国立公文書館」を基点として、長らくマル秘文書であった「この手」の情報が公開されるのを機に、これら(検閲)の事実を探り出してきたのだそうです…山のような…と言う言葉では言い切れない量の公文書から、それらの文書を見つけることができたのは幸運以外のなにものでもなかった…と彼が述懐しています…
…それ以前から江藤淳は気にしたのですね…何を気にしたのか?…
…日本の良き伝統や社会制度や家族制度が「力(検閲)」によってねじ伏せられ、忘却の淵に追いやられたことを…という側面もあると見られます…

…江藤が問題視している視点は、検閲より大きな問題…私たち日本人の「自己認識の欠落」です…
…日本人の人格には背骨が無い、いや無くされた…そう言っているのです…要は、「私たち」という主体がナンデあるかということが、戦後の弾圧的な検閲によって「見えなくさせられた」…
…そのせいで日本人の人格や歴史観や尊厳が歪んだまま前に進んでいる…という、現在と未来への茫漠とした危惧感と危険性、とでも言うのでしょうか(-_-;)…いわゆる、ボタンの掛け違いを行わされたまま、戦後の80年を生きているのが日本人だと言うことでしょうね…
…ナンか、ハナシが難しくなりましたね(>_<)…誰も読んでくれそうにありませんが、まっ、備忘録的にそのまま書き続けましょう…
…そもそも、アメリカ(GHQ)は、何を怖れ、何をコントロールしようとして「検閲」という禁断の技を使ったのか…
…占領軍批判となる意見や記事…
…原爆被害の詳細に関わるもの…
…GHQの政策への疑問…
…連合国側(アメリカを筆頭に)の戦争犯罪(個人的には、アメリカによる日本での無差別絨毯爆撃や核の使用は言語道断の戦争犯罪だと思います)…
…また、天皇制に関する一定の言説…
…戦前日本文化への是認的かつ懐古的な意見、等々…
…日本人のこの種の発言に、GHQはことさら敏感であったようです…
…なぜか? 統治者にとって都合が悪いから…
…日本が二度と強くならないように…
…数え上げたら未だ未だあります…が、ここで一息 _(_^_)_
…GHQといえば…その代表者であったマッカーサーは、帰国して2年後、トルーマン大統領との会談で、東京裁判を「あれはあきらかに違法な裁判であった」という主旨の発言をした事実が公開されていますね…それもそのはずで、マッカーサー自身は、A級戦犯となり、絞首刑になった7名について、あくまでB級戦犯として裁くべきである…との書簡を本国に送信していることも明らかになっているということです…

…まったく何が何やら訳がワカラン…もちろん、GHQ参謀第2部長であった、ウイロビー少将が「この裁判は史上最悪の偽善です」と言った言葉は有名です(上の本の表紙の左下にも…)…他にも、東京裁判の被告全員の無罪を主張したインドのパール判事も同じ事を言っています…
…そう、やはり言葉は力なんですね…こういう事実の公開はマスコミが一番神経を使うことですから、多くの場合、「力のある言葉=臭い物」には蓋…となります
…ともあれ…
…先の紹介書籍「閉ざされた言語空間(この書籍の写真は以前に紹介した記憶があります)」で、江藤が言いたかったことは…戦後日本の「言語空間」のほぼ全てが、GHQ(占領軍)が実施した「検閲」によって形づけられ、その流れを受けた思想が世情に流れ、歪められたまま溢れた言語(放送や新聞や人々の会話まで)が、さも、「自由な言論」として信じ込まされていること…に危惧し、憂いている…ということです…
…戦後の数年にもわたる「検閲の後遺症」が、現在に至る戦後日本の精神史(日本人の心そのもの)に深い(すこぶる悪い)影響を与え続けている…と言っているのです…
…「そも日本人とは何ものぞ」…とのタイトル書籍で日本人論を提起し、本来あるべき日本人像を訴えた「西部進」という人の「魂の言葉」もそうですが、言葉が人格を作り、言葉が文化を創り、文明を開く…と叫んだ古典的かつ先鋭的な言論人(まっすぐな学者たち)や、その言論を分解して柔らかく発言した多くの先人達の思いとも重なりますす…
…そう、これが江藤が遺した私たちへの警鐘とも、課題とも言えます…
…オマエは「このこと(奪われた言語空間とも)をどう思う」…と。考えろ…と(-.-)
…日本人の社会生活 = 日本語の言語空間そのもの…
…これを見詰め、考え、見直す作業を行い…赤子が地上に命を輝かせた瞬間からの、日本民族の有りように光を当て、人間の尊厳や幸福のあり方を掘り返しブラッシュアップし…、その一部については、戦後に歪められた文化性を逆進させつつ時代を進化させましょう…と言うことでしょう…
…そう言えば、日本国憲法は…1946年から80年間、一度も手が入っていません…憲法9条のみの解釈に右往左往しているだけです…日本人の知性や向上心はこの間、眠って居たのでしょうか、眠らされていたのでしょうか、そしてそのことが心地良かったのでしょうか…戦後の生活空間と言語空間…言い換えれば、私たちの知的空間は成長しなかったのでしょうか…
…マッカーサーが本国に召還された後の諮問委員会で、委員から「日本人をどう思うか」と聞かれてマッカーサーはこのように答えたと記録に残っています…
…彼曰く、同じ敗戦国でも「ドイツ人が中学生なら日本人は幼稚園児だ」…と…日本人には確たる主張(主体性=アイディンティー)なく、唯々諾々とアメリカの言いなりであったと言っているのです…
…もちろん憲法発令までの短期間に獅子奮迅の抵抗を見せた政治家や閣僚が少数存在した事実も散見されますがね…
…で、昔は昔、今は今…
…人間の生活レベルや知的レベルが向上すると、生活規範そのものも向上させる必要がありそうに思えます…社会の規範そのものを進化させなければならないということです…事実、日本国憲法の起草者であるアメリカの憲法は、既に27度、修正されています…現在、アメリカが憲法判断を持ち出すとき、殆どが、「修正」憲法、第○○条…と言っていますね…尤も、アメリカ憲法は1788年公布ですから、その多くが実態にそぐわないという必然性もあります…
…しかし、日本と同じ敗戦国のドイツでは、既に60回以上も憲法に修正や改正が重ねられています…進化する時代の良識や要求に併せて修正・改正するという、アタリマエの作業を行っているだけの話です…どうりで、日本の人口の半分ほどのドイツが日本のGDPを凌駕するわけです…彼らは、時代の必要に合せて脱皮するということですからね…
…もちろん中国だって憲法改正は何度か行っています…
…人体の成長と同じように、変化なき「心」に成長はありません…同じ事が国事にも言えます…当たり前のことです…憲法問題ひとつとってもそうです…日本人が変化を恐れるのは何故でしょう…既得権の崩壊でしょうか…こんままの状態でいてくれないと自分がソンをする…と感じる「人」や「国」があり、その方々の「力」が「言語空間」をも操り、日本人の「こころ」を蝕む…陵辱する…
…されるがままの現状…こと中国関係だけで考えても、彼らは時として日本への内政干渉をしてきます…日本は何も言い返しません…既に失効した1964年に締結された日中記者交換協定の影響を未だに引きずっているせいでしょうか…日本政府は、只、中国の力が悪用された事象についてのみ、時々、「遺憾である、外交関係を通じ強く抗議した」という政府見解を述べるだけです…
…脱線しますが、中国と言えば面白い逸話があります…当時の田中角栄総理が1972年に中国を訪れ、毛沢東と会談をした際、田中が「先の大戦では貴国に大変迷惑をかけた」という言葉を発すると、毛沢東は「いやいや、日本が国民党と闘ってくれたおかげで国民党が弱体化し、その後の内戦で私(共産党)たちが勝利できた」という談話が残っているそうです…もちろん公にはなりません…
…先の大戦では日本が闘った中国軍は、蒋介石の国民党軍に対し、共産党軍は3分の1で、実際に闘った中国兵の大部分は国民党軍であったということです…しかし面白いですね…その国民党軍(蒋介石)が樹立した台湾と日本は仲良くなり、その戦後の台湾は世界一の親日国です…これは先の大戦での敗戦前50年間の日本による統治方法の良識が功を奏した結果と言われています…
…さて、脱線を修復しましょう…言語空間の歪みの話です…
…言うまでも無く、マスコミも同罪です…いや、マスコミこそ禍根のさらに「根っこ」と言うべきでしょうね…その影響力の大きさに恐れ、国政を担う代議士だって、国民のほうを向くと言うより、マスコミを何より気にします…むろん、マスコミだって、自分たちと、自分たちをコントロールする株主にとって都合の悪いことには口を閉じているでしょう…し (-_-;)
…と言うことは…私たちは、マスコミの都合で取捨選択された情報と、一部の悪意ある権力者や「外国の意思」によってコントロールされた情報のみ与えられ、彼らにとって「不都合な真実」や、日本人にとって有益な真実が隠されたまま戦後の80年を過ごしてきたのではないだろうか…
…その事に気づけない巧妙な手法によって…
…確かにこれは危険だわ…と、愚かな私の「こころ」も赤信号を出し続けてているのです…
…そんな思いで、「今」のあるべき姿を見詰め、歴史的事実の探索に興味を持ち、中国との関係、韓国との関係、アメリカとの関係等を主に、少しは関連本は読んだものの…残念ながら、未来に向けた日本の方向性に何の手立ても持たない私です…しかし…「言葉」にこそその未来が託されており…「言葉」こそが日本を強くする熾火であり、燎原の火ともなることを確信しているのです…
…それにしても一人が読める「本」の数、触れる「言葉」なんて、ホンとに少ないですね…最近、鬼嫁が五月蠅くなったひと言に「これ以上、本を買わないでくれ(我が家がマンションですから狭いのです)」と…その抗議に負けて、図書館へ行きましたら…まあ、あるわあるわ…小さな田舎町の図書館に50万冊の蔵書だと…歴史本、国際関係本、教育関係本、ジャンル自体も数知れず、どのジャンルのひとつでさえ、一生掛けても読み切れるものではありません…だからと言って、日本と世界の未来を思うと、なんだかな~(-_-;)
…言葉の育成と醸成…これだけでも考えたらキリが無いし、この辺りで老境一言居士のつぶやきでしかない「短い」ブログを閉じましょうかね…
…それにしても可笑しいなあ…なして、根っこの性格がぐにゃぐにゃな私が、こんなオカタイ話を出してくるかや…やはり、ボケのせいかもしれない…よし、原点回帰じゃ~(-.-)
…そこで、ふらちな短歌を数首、いやもっと…
重ねれば 実ると思う人柄も 枯れるに合わせ 散るぞ悲しき
人並みに 学んだつもり修養の 言葉空しく 頭上を過ぎる
吾こそが 時代を変える先兵と もたげた頭 十代の頃
今はただ ひとり静かに読書する こころは彼岸 これでいいのか
仲間から それでいいのか投げられて つと考える この先のこと
この先は まだまだ長い二十年 いやいやさらに十四年
百歳の 声を聞いても図書館に 入り浸ってる私の未来
この短歌 なんか良いねと独りごち 誰に迷惑かけること無く
がっはっはのは 笑ってしまう吾が短歌 知恵無く金も要らぬ気軽さ
…なんか、モンクある?
こんな戯れ言遊びなら、1時間に60首ぐらい出てきそう…1分1首、だれか競争遊びしてくれる人、おらんかな~、(-_-;) おらんわな…
…だからと言って、私の「遊び」に赤字なんか入れないでね…
…入れるなら…はいご苦労さん…と言って、お茶でも煎れて呉れれば嬉しいな…それに、私の能書きは所詮は遊び…
…平安時代末期の「今様」にも謳われていたとか…
…ほら(^.^)「~遊びをせんと(+ や)生まれけむムム~」とか、ナンとかカントカ…聞いた事がありますよ(~o~)
…そう、遊び、遊び… …ほな、売買…違った、バイバァ~イ(~o~)
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