…では、正真正銘の、三重・和歌山・奈良の旅、三日目からのご報告です…
…改めて旅のスケジュールを貼り付けておきましょう…4月7日の、「南方熊楠(みなかたくまぐす)」記念館以降の予定表です…

…旅、3日目の朝は、ジャグジーのある宿(夕海の里)の窓からの景色から始まります…今だ明けやらず、勇気ある漁船が、波浪の海に1隻だけ荒波に向けて出港…多くの漁船はこの後、1時間くらい後に出港しておりましたから、漁港にスタート時間の取り決めがあれば…抜け駆けですかね…

…ということで、「夕海の里」を8時45分に出発し、最初の目的地、「鳥毛洞窟」へと向ったものの、生憎の雨…海岸の岩という岩が滑りやすかったため、大事をとって現地への途中、半分ぐらいで戻ることとあいなりました…とはいえ、そこは大地と大海原の境目…奇岩だらけのそこそこの景観に包まれて一同、まづまづの感動写真…


…で、次なるは、私の本命目的地…「南方熊楠」記念館を目指しました…が、…あれれ、浮かれててたせいか、見学が終わってみると…記念館での写真が無い…あるのは、太平洋戦争勃発期、アメリカで日本の全権大使をやっていた「野村吉三郎」が揮毫した御製(昭和天皇のものだろうな)の石碑のみ…

…記念館では熊楠の生い立ちや、業績、幅広い研究課題や出自のこと等々、やはり書物だけでは伝わらなかった彼の温もりが憑依(ひょうい)するような感覚に包まれておりましたぞ…ひょっとして、私は霊感が強いのかな…等と勘違いしながら石碑を凝視…
…因みにこの石碑の揮毫者、野村吉三郎は不運な方でしてね、100年ほども前のパリ講和会議や、ワシントン軍縮会議等にも参加した、当時では海軍随一の国際派と言われながら、先述したとおり、アメリカで日本の全権大使を勤めていた際、日本が発したアメリカへの宣戦布告が当時の大使館員のミスで、その重要な電報が野村大使に届いたのが翌日になったようで、ご承知のように真珠湾打撃軍は宣戦布告無き奇襲攻撃となりました…
…これにより、日本は国際世論の顰蹙(ひんしゅく)を買うことになりましたね…国内的には野村大使は責められることになりますわね…そして日本人は世界中から卑怯者扱い…しかし、後の公文書公開から、時のアメリカ大統領は日本による真珠湾攻撃を知っていたことが明白になっていますからね…まあ、仕組まれたのでしょうね…
…だってね、真珠湾攻撃の際、停泊しているはずの空母3隻の姿はなく、その空母3隻が中心となった艦隊が先兵をきって、日本が進出していた南洋方面に反転攻勢…このため日本は早期の講和条約締結への時間稼ぎ的な足がかりを失いましたね…情報戦の甘さが露呈した失策でしたね… …んっ(ё_ё)、またまた、大脱線…元に戻しま~す(-.-)
…ともあれ、上記の写真以外な~んもありません…仕方ないので、ここも、ネットから借用…


…んで、この後は熊野遺産が集積する街道に向けて出発…と言いつつ、記念館から5分もかからない場所にも名所が…

…この「円」のところに夕日を収めると、なんとも格好良いのだが、なんせこのときはお昼前…どうにもなりませぬ…ともあれこの後は、当初予定の「千畳敷」と「三段壁」に見向きもせず、311号線を北上…
…道の駅、中辺路(なかへち)で遅めの昼食と、熊野古道の入り口辺りで記念撮影…


…で、ここもそそくさと出立して次なる本命、「熊野本宮大社」へ…

…因みに後ろ向きのオジサンは名士の出…とある上場会社でプリンスと言われた時代があったとか、しかし今となっては私と同じグループの「爺さん」…但し、本人ら同士はジジイと認識していないから、こんな旅に出ている…若者たちも旅にでよ、留学せよ、世界に目を向けて…未来の日本の再生と自信の幸福のために…目を開け、心を開け、財布も開け…ナンチャッテ (^^)/~~~

…この熊野本宮大社は、熊野三山(速玉大社、那智大社、この本宮)の大親分で、熊野古道歩きと言えば、目的地はここ…平安時代以降、「蟻の熊野詣で」と言われる程の人気コース、目的地であったとか…そして外国人の多いこと…おーい、日本人~、もっと来い~(~o~)






…で、この後は、当初予定の見所を割愛し、地獄の山道を2時間走破、吉野郡天川村の山中の宿、「本家柿坂」へ…そこへの山道は車がやっと1台通れるだけの昼まだ暗き林道で…翌日、地質と治山・治水の友人専門家から聞いたところ、その林道は地元の人は殆ど通らないし、私たち専門家でも可能ならば通りたくない林道です…だと(-_-;)…私も本当は避けたかった宿でしたが、ナンセ、お犬様同伴可能の宿が他に無くて…泣く泣くこの宿に決めた次第…そしたら案の定、泣くはめに…
…ともかく、そんな路を疲れ切って宿に到着し、もうな~んもしたくない状態…おまけに冷たくなった食事のせいで心まで冷え冷え…とは言うものの、愛犬がオシッコをしていないもので、気温3度前後までに冷え切った外気の中での散歩を3度…これで私の身体に異変が忍び込んでおりまして…寝る前から、微熱模様…風邪薬、熱冷まし、そして睡眠導入剤…私は忙しいのだ(+_+)

…そして夜は寒々と流れておりました…
…ンで、下の写真は絶好調のお二人さんの翌朝です…私は絶不調であることは言うまでも無いこと…

…この後、大本命の吉野桜を目指したものの…
…宿から約1時間ほど経過した吉野山の取り付きからイヤな渋滞、さらに大渋滞と続き、私は意地になって上へ上へとハンドリング…樺山様ご夫妻は、大々渋滞に巻き込まれる前に私たちと離れ離れになり…その反転効果でその後のスケジュールを難なく消化…
…で、私たちはというと、散策道を行き来する観光客の人混みの中を車で進むこととなり、全くもって前へ進めたもんではありませんで、歩行者よりも遅く、時に止まり、また遅々たる徐行…路が狭いため、バックミラーも折り畳み、やっとこさ通れる車幅を確保…

…交通指導員を恨みましたね…こんな日は通行止めにしろ~、と何度も心で叫んでおりましたが、行け~、行け~、の旗が靡(なび)くもので、その指示に従った結果、下の写真のような景観を夢見ていた76歳の高齢者の夢は無残に裂かれたのです…

…その後…
…奥千本口という道路上の折り返し点から少し下ったところに駐車場所を確保できたおかげで、金峯神社へは行けましたが、その間、約2時間、緊張感でハンドルを握る腕はパンパン…いやはや、人生で一番キツい運転時間でした…おまけの林道での運転が響き、4月24日早朝にも、まだ腕が痛い…ノダ(>_<)








…ということで、当初予定していた「西行庵」も割愛し、あとは只管、「キトラ古墳」を目指しての山くだり…




…このキトラ古墳ではこの展示館だけ入り、キトラ古墳の現地見学は割愛…このあと高松塚古墳へ…
…で、高松塚古墳に到着した時点で血圧が急上昇したため、しばし横臥、30分ほど53年来の同伴者に足をモミモミしてもらい、少し楽になったところで奈良市内へ…もちろんその他の予定地は全部カットの無念旅…
…夜を平城京RVパークで、ライトアップされた朱雀門に抱かれて眠るクライマックスも、暗い気分で風邪薬と熱冷ましを飲んでホテルで夜を明かし、翌日の奈良公園エリアの散策予定も断念…

…翌朝、微熱状態で、さて、帰路をどうしたものかと、宇治市に住んでいる友人に、沼津までの代行運転をお願いしたところ、当初は急なことでと丁重に断られたものの、約1時間後、仕事の都合がついたので力になりましょう…という、夢のような同意を得。…ありがたやありがたや…持つべきは友…ということで、この旅の結末は最高の「落ち」がつきました…人生、捨てたもんではありませんな(^o^)
…それにしても、後半二日間の予定が全滅したため、旅から帰って2日目からはほぼ毎日、リベンジ旅を模索中…旅行本を見たり、ネット検索したりで、秋の何処かで5泊6日の「奈良だけの旅」に気持ちが沸々と湧き上がっておりますのよ…但し、相方は、ハッピーと二人でお好きなようにどうぞ…だと(-_-;)
…翻って樺山様ご一行は、ご先祖様の品格の高さか、本人の前世の行いの良さからか、今世での所業の清廉さか、はたまた私より多くの小遣いを持っていたせいか…当初スケジュールの殆どを回り、そこそこの満足旅となったご様子…これをもってまた私の旅も価値があったということにしませう…(-_-;)
…で、次なる奈良の予定旅は秋…5泊6日を確保し、行きに1日、2日目に高松塚古墳や石舞台古墳、橿原神宮など、奈良盆地の南方「飛鳥地域」を回り…
…3日目は藤原宮跡から「山の辺の道」を中心に歩き回ってみるつもり…ここは40代の初期、一度だけ幻の女性と歩いた記憶があるような気が…あれは夢かmaboroshika…(-.-) いや、「まほろば」だ…
…そして4日目は天理市の「石上神宮」をスタートしてから斑鳩の里の「法隆寺」、「法起寺」、「松尾寺」と回り、聖徳太子の息吹を感じられれば最高ざんす…その足で、「薬師寺」、「唐招提寺」を最後に、この日の宿泊は、今回の旅で予約料を無駄にしてしまった「平城京RVパーク」…グッフッフ (^.^)、再度のチャレンジだ~(^^)/~~~
…ンで、5日目は、「平城京」を2時間かけて一回りしてから、奈良公園エリアの「東大寺」、「二月堂」、「三月堂」、「5月堂」ついでにここでは天然記念物に指定されている「鹿」ともオハナシし、ライトアップされた紅葉を愛でる予定…
…最後の6日目は「春日大社」だけ立寄り、帰途に就く予定…計画は万全だ…費用は愛犬と私だけだから約15万円…資金的には年金がバックボーン、いや、新車の切り売りで凌ぐか、うむっ、切れるところは無さそうだ…そうだ…クラウドファウンディングというスペシャルな技も使えそうだ…この場合、奈良へ行きたくても行けない高齢者のために、奈良漬け、刊行パンフレット、その場所場所の空気を詰め込んだペットボトル、落葉した紅葉をセットに返礼する…イテッ (>_<) 誰じゃ、見えざる神の手で私をシバくのは…日本では心で何を想念しても罪にはならんノダ…
…ということで、今回の旅のご報告と近未来の小さな夢、天平の夢…そう言えば、奈良時代に含まれる天平時代とはどんな時代を指すのだろう…少し勉強が必要だな…
…以上、今週ブログ当番の出し物はこれにて終了…
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