富士山麓の高原都市・御殿場市 不動産と土地開発のあゆみ - 【静岡県東部エリアの不動産売却】センチュリー21ワンズエステート

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御殿場市の歴史

富士山麓の高原都市・御殿場市 不動産と土地開発のあゆみ

はじめに

静岡県の東部、富士山の南東麓に広がる御殿場市。首都圏からのアクセスの良さと、雄大な富士山の眺め、夏でも涼しい高原の気候を併せ持つこの街は、古くから多くの人を惹きつけてきました。

東西を結ぶ街道の宿場として栄えた歴史から、別荘地・保養地としての発展、高速道路網の整備による「通える暮らしの場」への変化まで、御殿場の土地は時代ごとに役割を変えてきました。こうした歴史を知ることは、いま売買されている土地や建物の価値を理解する手がかりになります。

本記事では、御殿場市の不動産と土地開発のあゆみを、交通・別荘・産業という3つの視点から振り返ります。ご自宅やセカンドハウス、事業用地をお探しの方も、御殿場の土地に関心をお持ちの方も、ぜひ参考にしてください。

1. 東西交通の要衝としての始まり

御殿場という地名は、 徳川家康公が駿府から江戸へ通行する際の宿泊所として「御殿」を造ったことに由来します。 古くから東西をつなぐ街道の宿場として栄え、人や物が行き交う土地として発展しました。

2. 市制施行と市域の形成

昭和30年(1955年)2月11日に御殿場町・富士岡村・原里村・玉穂村・印野村の1町4か村が合併して御殿場市が誕生し、翌年には高根村、その翌年には小山町大字古沢が編入されました。 現在の市域はこの時期にほぼ固まっています。

3. 別荘地・保養地としての発展

標高250〜700mに位置する御殿場は 夏でも涼しく、別荘や企業の保養地として人気を集めてきました。 明治期以降、政財界人や皇族の別邸が建てられ、避暑地としての評価が確立していきます。

4. 東名高速道路の開通と「通える別荘地」への変化

転機の一つが1969年の東名高速道路の開通です。 文化庁の資料によると、東山旧岸邸は東名高速の開通と同時(1969年)に建てられました。御殿場は別荘地として知られてきましたが、この住宅は高速道路での東京通勤を前提としており、別荘ではないとされています。 高速道路が「広大な土地と自然を享受しながら都市とつながる」という新しい住まい方を生んだ、象徴的な事例です。

5. 観光・商業・産業の集積

現在の御殿場は、 日本最大級のアウトレットモールや静岡県東部で最大規模の高原リゾート施設を擁するエリア として知られています。 首都圏から約80km圏内という立地を背景に企業進出が進み、年間1,400万人を超える観光客が訪れています。

さらに 2012年4月には新東名高速道路の御殿場JCTから三ヶ日JCT間が開通し、 広域の交通拠点としての性格が一段と強まりました。

6. 現在の土地利用と今後の課題

土地利用の現況は、農地や山林などの自然的土地利用が約60%、住宅地・商業地・工業地などの都市的土地利用が約40%です。山林が37.7%で最も多く、住宅用地が11.4%を占めます。

人口面では、 1990年と比較して増加したのは御殿場、富士岡、原里の各地区で、高根、玉穂、印野の各地区は減少しています。 市内でも地区ごとに動向が分かれており、不動産選びでは地区ごとの特性を見る視点が欠かせません。

7. まとめ(不動産の視点から)

御殿場の不動産は、次の3つの流れで形づくられてきたと整理できます。

  • 街道と鉄道の要衝としての「交通」
  • 富士山麓の高原気候を生かした「別荘・保養」
  • 高速道路網と観光・産業集積による「ビジネスと生活」

別荘、二拠点居住、通勤圏の住宅、事業用地など、需要は多様です。物件選びでは、地区ごとの土地利用や交通アクセスの違いを確認することが大切です。

御殿場市の不動産売買は、センチュリー21ワンズエステートまでお問い合わせください。

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