富士山麓の産業都市はこうして生まれた。静岡県裾野市の不動産・土地開発の歴史と別荘地 - 【静岡県東部エリアの不動産売却】センチュリー21ワンズエステート

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裾野市の歴史

富士山麓の産業都市はこうして生まれた。静岡県裾野市の不動産・土地開発の歴史と別荘地

はじめに

静岡県東部、富士山・箱根外輪山・愛鷹山に囲まれた裾野市は、工業都市、住宅地、高原の別荘地という三つの顔を持つまちです。この記事では、農村から工業都市へ、そして実証都市へと変わってきた裾野市の土地利用を、別荘地の歴史も含めて整理します。

1. 農林業のまちから工場誘致へ(昭和30年代まで)

裾野市は、 明治22年の町村制施行で小泉村・深良村・富岡村などが誕生し、同じ年に裾野駅が開業して駅前を中心に商業が発展しました。 その後の合併を経て、 昭和32年(1957年)に裾野町は現在の市域となり、当時の人口は2.2万人余りでした。

昭和30年代までは農林業が中心の地域でしたが、転機になったのは工場誘致です。 昭和35年に工場設置奨励条例を制定し、昭和40年には東駿河湾工業整備特別地域に指定されました。 この時期から、土地の使われ方が農地・山林から工業用地へと大きく動き始めます。

2. 大手企業の進出と市制施行(昭和40年代)

昭和30年代から40年代にかけて、大手企業の進出が相次ぎました。

  • 1961年に矢崎電線裾野工場が設立され、1962年には三菱アルミニウム工場が着工しました。1966年にはトヨタ自動車東富士研究所が設立されました。
  • 東富士の地に進出した背景として、 1960年代のモータリゼーションの進展があります。トヨタは高速テストコースと研究施設をあわせ持つ広大な敷地を求めていました。
  • 1967年には関東自動車工業が場内外注の形で生産を始めました。翌1968年には、同社が独自に建設を進めていた東富士工場が完成しました。

人口も増え、 昭和46年(1971年)1月1日に、地方自治法の3万人市制の特例により裾野市が発足しました。 市制施行時の人口は3.2万人余りで、その後も企業の立地が進み、1998年(平成10年)には5万人を突破しました。

3. 都市計画とインフラ整備(昭和50〜60年代)

昭和51年には都市計画法に基づいて市街化区域・市街化調整区域と用途地域が指定され、工業系の用途地域が広く設定されました。 工業用地と住宅地を計画的に分ける、現在の土地利用の骨格がここでできたといえます。

交通面の大きな節目は昭和63年です。 この年に東名裾野ICと国道246号バイパスが開通しました。 首都圏や東海方面へのアクセスが向上し、物流や通勤の面で、企業にも住民にも利便性が高まりました。

4. 富士山麓の別荘地開発(十里木高原を中心に)

裾野市の不動産を語るうえで欠かせないのが、須山地区の十里木高原です。

歴史ある街道筋から高原リゾートへ

十里木高原は富士山と愛鷹山に囲まれた高原で、古くは富士宮と箱根竹之下を結ぶ十里木街道が通り、関所も置かれていました。 その後は別荘地として大規模に開発されました。 地域は富士急行と大昭和住宅が開発し、ゴルフ場やキャンプ場、遊園地、動物園などを備えた富士山麓屈指のリゾート地になりました。

代表的な別荘地の一つ「十里木南富士」については、 昭和50年(1975年)に大規模に開発され、電気、LPガス、上下水道などのライフラインも整っている と紹介されています。

別荘地としての特徴

  • 立地: 十里木高原は富士山の南麓2合目、標高900〜1,200mにあります。都心から100km圏内、車で約90分です。東名裾野ICからは車で約15分です。
  • 気候: 標高は1,000m前後あり、南側の富士市海岸部とは気温差が8℃ほどあるため、避暑地として人気です。
  • 自然: 環境省の絶滅危惧II類に登録されているアシタカツツジが群生しています。裾野市の花にも指定されています。

別荘から定住・二拠点生活へ

当初は週末や夏季の利用が中心でしたが、近年は暮らし方が変わっています。 年間を通じて住む人が増えており、現在は200世帯を超える方が十里木高原に住んでいます。 三島駅から新幹線で通勤する人や、近隣の工場に勤務して定住する人も少なくありません。 テレワークの普及もあり、別荘地は「セカンドハウス」と「定住」の両方の選択肢になっています。

一方で、別荘地には、築年数を重ねた中古物件が多いという特徴もあります。売買では、管理体制、上下水道や浄化槽などのインフラ、冬季の凍結対策などを、事前に確認することが大切です。

5. 市街地・住宅地としての裾野

別荘地とは別に、黄瀬川沿いの平地を中心とした市街地では、住宅地として発展してきました。 裾野市は沼津市や三島市のベッドタウンの側面を持つ とされています。

市内の人口は約5.0万人ですが、御殿場市・三島市・富士市・長泉町を合わせた周辺では約53.3万人の人口があります。 この広い生活圏が、住宅需要を支えています。

6. 工場閉鎖と、ウーブン・シティという新しい土地利用(2020年代)

大きな転機は2020年にありました。 トヨタ自動車東日本の東富士工場は、2020年12月9日に53年の歴史に幕を閉じました。

その跡地の使い方について、市は都市計画を見直しています。 2020年12月の都市計画変更で、用途地域を「工業専用地域」から「準工業地域」に変更しました。研究・開発・生産・生活・情報などの複合機能を持つ研究開発拠点の形成を誘導するためです。

この跡地で進むのがトヨタの実証都市「ウーブン・シティ」です。

  • 2021年2月23日に着工し、2025年9月25日に第1期エリア(4万7000平方メートル)が開業しました。
  • 全体の最終的な総面積は約29万4千平方メートルで、約2千人が暮らす見通しです。
  • 2026年8月には静岡県民を対象にした居住者の公募が始まり、2027年3月から2年間の入居を想定しています。

なお、工場跡地全体の面積は報道により約70万平方メートル台と紹介され、ウーブン・シティとして開発する範囲とは区別して使われています。

不動産市場への影響については、 居住者や来街者が増えることで、岩波駅や裾野駅周辺をはじめ、市域全体のにぎわいにつながる との見方があります。 市の財政面でも、2025年には国から地方交付税を受け取らない不交付団体になっています。

7. これからの課題と展望

  • 工業用地の不足: 市の企業立地方針では、市街化区域内に3ha以上の大規模開発に対応できる一団の未利用地はないとされています。 土地の確保が今後の課題です。
  • 人口動態: 人口は2010年ごろまで増加傾向でしたが、2015年に減少に転じました。
  • 別荘地の活用:中古別荘の流通、定住化、二拠点生活の受け皿としての役割が、今後も注目されます。

おわりに

裾野市の歴史は、昭和30年代の工場誘致から始まった「産業による土地開発」と、十里木高原に代表される「自然を生かした別荘地開発」という二つの流れで語れます。そこに、工場跡地を活用したウーブン・シティが加わり、新しい局面を迎えています。

土地の売却・購入、別荘地や中古別荘のご相談など、裾野市周辺の不動産については、お気軽にセンチュリー21 ワンズエステートまでお問い合わせください。

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